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カネという名の伝染病

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2009年10月20日   提供:毎日新聞社

香山リカのココロの万華鏡:カネという名の伝染病 /東京

 医者として、悲しいな、と思う瞬間がある。

 たとえば、患者さんと次のような会話を交わすときだ。

 「え、喉(のど)がつまった感じがする? 触診も血液検査も異常ないし……。よくきく漢方薬があるので処方しておきますよ」

 「あのー、それっていつものうつ病の薬に加えて、ということですよね。借金を抱える身なので、これ以上、薬代がかかるのは困るんです。新しい薬は出さなくていいです」

 「そうですか……」

 「お金がないので検査はしないで」「薬はいちばん安いのにして」と言われることも増えた。

 国の医療費抑制のためには、そのほうがよいのかもしれないが、必要な検査や処方をお金のために断念しなければならないのは、医者も患者さんもつらい。

 昔なら「お金はあるときでいいですよ」などと言えたかもしれないが、今は会計もコンピューター処理なのでそうはいかない。

 おそらく、医療費が支払えないから、と病院にかかることじたいを我慢している人もたくさんいるはずだ。新型インフルエンザのワクチンも、数千円の費用を負担に感じて、持病などがあるのに接種を控える人もいるのではないか。

 「医療費に限って無利子で貸し付ける制度ができないものか」と考えたり、「いや、そんな制度に頼る前に、まず私が患者さんに貸し付けるべきじゃないか」と思ったり。「医療とカネ」ををめぐる自問自答が続く。

 経済小説の名手、作家の真山仁さんが、雑誌で中・東欧の経済危機をリポートしていた。

 真山さんは言う。「世界中にカネという名の伝染病が蔓延(まんえん)している。この伝染病が悪質なのは、最初人々を幸福で満たすことだ。ところが、ひとたび体の芯まで感染した瞬間、本性をむき出しにする」

 本当にその通りだと思う。そしてその結果、社会のあちこちで破綻(はたん)が起き、いつもいちばん弱い人たちが余計に苦しむ結果となるのだ。

 適切な医療さえ受けられない人の増加というのも、その伝染病の影響のひとつだろう。

 アメリカもいま、「医療とカネ」の問題をめぐって国が二分している。

 ある意味で新型インフルエンザ以上の脅威とも言える「カネという名の伝染病」を人類は克服できるのか。それに効くワクチンははたしてあるのか。

 あまりにも深刻な問題である。

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